官僚日記

現役若手官僚の絶叫

都市問題としての児童虐待:人口の地方回帰、公教育の拡充を

20日の関係閣僚会議にて児童虐待に関する緊急対策が取りまとめられました

mainichi.jp

引用したニュースのタイトルにもある通り、目玉は児童福祉司数を増やすことにあるようです。短期的な当面の対策としての方向性は全く間違ってないです

ということで、この記事では、今回のような緊急の対策ではなく、もっと長期的にこの問題を根本から解決していくためにはどうすれば良いのか、大きな視点で考えたいと思います

目次

問題の背景:都市化が保護者の養育能力を奪っている

児童虐待がなぜ起こるのか、その要因は様々ですが、ひとつのとっかかりとして総務省が2010年に公表した意識調査の結果を見てみます。意識調査では、児童福祉司に対して以下のような質問をしています

児童虐待の防止等に関する意識調査

あなたは、児童虐待の発生要因は何であると思いますか。次の選択肢のうち、特に大きな発生要因であると思う選択肢を三つまでお選びください。

このうち、最も回答割合が大きかったのが、

保護者の養育能力の不足

で、回答者の6割以上がこれを選択してます

ではなぜ保護者の養育能力が不足している(と児童福祉司が認識している)のか?これは多くの議論があるかもしれませんが、文科省の白書から引用してみます(下線は筆者によるもの)

平成17年版文部科学白書

(1)家庭教育の現状

家庭教育は,すべての教育の出発点であり,子どもが基本的な生活習慣・生活能力,豊かな情操,他人に対する思いやりや善悪の判断などの基本的倫理観,自立心や自制心,社会的なマナーなどを身に付ける上で重要な役割を果たすものです。

しかしながら,近年の都市化,核家族化,少子化,地域における地縁的なつながりの希薄化など,家庭や家族を取り巻く社会状況の変化の中で,家庭の教育力の低下が指摘されています。

1地域・家庭の変化

かつて日本では3世代同居型の家庭が多く,親以外に多くの大人が子どもに接し,それらが全体として家庭教育を担っていました。地域の人々とのつながりも今より密接で,人々が子どもたちを「地域の子ども」として見守り,育てていました。そして,子どもたちも地域の年の違う子どもと接したり,幼い子どもの世話をしたりした経験を持つなど,子育てを支える仕組みや環境がありました。

しかし,都市化,核家族化,地域のつながりの希薄化が進んだ結果,今日では多くの地域で,子育てを助けてくれる人や子育てについて相談できる人がそばにいないという状態が見られます。

また,少子化が進む中で,若い世代の多くは,実生活の中で乳幼児に接したり,幼い弟妹の子守りをする機会が少ないままに大人になっています。このため,親の中には,乳幼児とはどういうものか,親として子どもにどのように接したらよいのかわからないなど,育児不安を持つ親が増えています。

2人々の意識や課題の多様化

人々のライフスタイルや意識が多様化し,それぞれが抱える課題も一様ではありません。例えば,仕事を持つ親は子育ての時間の不足に悩み,一方,専業主婦は日々の子育ての中で孤独感に悩む傾向が見られます。また,周囲の人の助けを上手に借りながら子育てをしている親もいますが,一人で子育てを抱え込みこれ以上自分自身を追いつめてはいけないというほどがんばっている親や,子育てには無関心な親もいます。さらに,離婚等により,仕事と子育てを一人で担っている親など,周囲の支えをより必要としている親もいます。

要するに、ここまでの流れを整理すると、

都市化→親が孤立→虐待

ということです

児童福祉司一人あたり虐待相談:都市ほど負荷が大きい

この仮説をざっと検証してみましょう

以下は、都道府県+指定都市+中核市において、配置された児童福祉司一人あたりの児童虐待相談件数を手元の数字で計算してみたものです*1

f:id:smizuki:20180722185413p:plain

見事に首都圏を始めとする都心部が上位に並んでいることがわかります。なお、平均値は約40件なので、大阪は平均的な自治体と比べて2倍の負荷がかかっている状態です

表にはありませんが、最下位の鳥取県児童福祉司一人あたり3.76件、ついで島根県高知県、鹿児島県と、大都市をもたない地方が並ぶので、明らかに都市問題だと言えそうです

もちろんこれには児童福祉行政の供給側である自治体側の事情*2などもあるので、完全に上記の仮説を説明し得るものではありませんが、一部の都市にのみ負荷が偏っていることは間違いなさそうです

解決の方向性

ではどうやって解決していけばよいのか。長期的な解決策と中期的な解決策を取り上げたいと思います

長期的な解決策:人口の地方回帰

今回の対策のように、児童福祉司を増やして、特に相談件数が多く負荷がかかっている都市部に多く配置することができれば、児童福祉司一人あたりのカバレッジが狭められるので、対応能力が上がるのは間違いないと思います

とは言え、単に数を増やしただけで問題がきれいさっぱり解決できるかと言うとそういうわけではありません

引用した総務省の意識調査では、都市部で発生した児童虐待のほうが地方部で発生した児童虐待よりも対応が困難だとする児童福祉司が大勢を占めており、その要因として、

都市部では、近隣関係の希薄化、密閉性の高い建物構造等により発見されにくいため悪化した状態で児童虐待が見つかることが多いから

を挙げる児童福祉司が8割以上にのぼっています

もうこうなると児童福祉司がどうとか児童相談所のあり方がどうとかいう現場レベルの話ではなく、抜本的な構造改革が必要なレベルの高度な都市問題です

東京一極集中の是正、人口の地方回帰を促す地方創生に関する一連の取組がスタートして4年になりますが、こういった地方回帰政策が長期的には最も児童虐待に効いてくるのではないでしょうか

短期の解決策:公教育の拡充

もう少し短期的な解決策だと、教育環境の整備が手をつけやすいかもしれません

以下は、公立小学校における教員一人当たり児童数と児童福祉司一人あたり虐待相談件数を都道府県単位でプロットしたものです

f:id:smizuki:20180722202951p:plain

虐待相談が多い都道府県ほど教員一人で面倒を見なければならない児童数が多い(=教員数が少ない)という特徴があります

児童福祉司児童相談所の体制強化も重要ですが、教育現場を児童の見守り手として機能させるために巻き込んでいき、児童福祉司の負荷を減らしていくというのも一つの糸口かと思います

ということで、今回はこの辺で

*1:傾向値としては正しいですが、作業の都合上正確性を少々欠いています。引用はお控えください

*2:配置したくても予算が下りない、相談所が少ない、など